坐禅体験&鍋うどんの会
11月29日(土)に、岩瀧寺で友だちを呼んで坐禅会をしました。
座った時間は短いかもしれないけど、「1分座れば、1分の仏」、「15分座れば、15分の仏」ということで、素敵な心地よい時間を過ごせたと思います。
坐禅の後、親睦を深めるべく鍋を囲み楽しみました♪もちろん鍋の食材の野菜はほぼ、畑で取れた無農薬野菜です^-^
(鍋の準備中です♪)
(鍋を囲み楽しいひとときを過ごしました^-^)
鍋を食べ終わり、最後の締めに定番のうどんを食べようということで、何と手作りで小麦粉からうどんを作って食しました!! 個人的には、強力粉のコシのあるうどんが美味しかったです^-^
(こねた小麦粉の生地を踏んでコシを出します)
(生地を伸ばします!)
(伸ばした生地を切ります!もうすぐ完成です!!)
(締めくくりにふさわしい、思い出に残るうどんでした♪)
これまで、地元の友人と月に一度、様々なイベントを企画してきましたが、今回はうちのお寺での坐禅をさせていただきました。
はっきりいって、こんな企画で若者が集まるだろうかと不安でいっぱいでした。ですが、決して多いとは言えませんが、坐禅に興味をもってくれている人がいること、また、一緒にお寺で鍋を楽しんでくれる人がいました。
これは、これからの自分の進もうとしている道に、大きな道しるべとなる光を与えてくれました。
坐禅は長くしないといけないわけではないし、お寺でお酒を交わしながら鍋を囲むことは決して悪いことではないと思います。坐禅に少しでも興味をもってくれたり、お寺というコミュニティでたくさんの人たちが集まって、いろんな話をする。素敵なことだと思います。
自分が僧堂で修行をしている頃、そこの老僧がよく話していたこと。
「昔のお寺は、もっと開けていた。気軽に地域の人たちが集まり、笑い合える場、また困った時に相談に行ける場。それが、お寺じゃったんじゃ。」
現在、世間は変化し、物騒な事件も増え、本堂を開けっ放しにするといったことには、やはり抵抗のある時代になっていることは事実です。でもだからといって、全ての人に対して疑心暗鬼になって対応をすることが仏の道かと考えると、疑問を抱きます。
本堂や庫裏(お寺の生活スペース)の鍵を開けておくべきではないと思いますが、お寺に住む者として、心の扉はできるだけ、開放しておきたいと改めて思いました。そして開放しておけるだけのおっきな心を持ちたいと思いました。
ありがとうございました。